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再び、「豊かさとは」
2024年8月に『さいのネ』のクラウドファンディングのリターンの1つとしてカフェ『maru(マールーウ)』で開催した第1回対話会&ごはん会。そして、10月に『さいのネ』企画のもと、cafe MICHIKUSA(カフェ ミチクサ)で開かれた第2回対話会&ごはん会。どちらも『さいのネ』のコンセプトである「豊かさ」をテーマに、参加者それぞれの思考、感覚、気づきを共有した、それはもう充実した時間だったわけですが、今回は、ミチクサさん単独での対話会企画。ありがたいことに書き手のひとりであるゴトウが、参加者のひとりとしてレポートを書かせていただくことになりました。
3回目ともなれば、対話会にもそろそろ慣れてくるのか、といえばそんなことは全くなく。どんな方がいらっしゃるのか、どんな話が聞けるのか、はたまた自分は何を話してしまうのか。変化があるとすれば、このちょっとした緊張と好奇心に包まれながらお店へ向かう時間が、心地よくなってきたというところでしょうか。
テーマは「働く」

今回もファシリテーターを務めるのは、前回の対話会に続いてcafe MICHIKUSAの2代目店主、オガワジョージさん。俳優業をしながらお店の経営を担う中で、今回のテーマ「働く」を選んだのだそう。参加したのは、ジョージさんを含め20代から60代までの7名で、最年長と最年少の歳の差は30以上。会社員、フリーランス、教師、ここに至るまでにもさまざまな働き方をしてきた人達が集まりました。身近なテーマだからこそ、考え方も人それぞれ。どこからどう話がつながるのか楽しみです。
それぞれの自己紹介ののち、俳優のトレーニングのひとつである「ワンワード」(※)を行いました。参加者どうしが言葉を繋ぎ、視線を合わせ、バトンを渡すように次の相手を指名することで、少しずつその場の空気がほぐれていきます。
※参加者が、順番に言葉をつないで1つの文章をつくりあげていく言葉遊びのようなもの。
自由に考えるための8つのルール
<対話会の8つのルール>
・何を言ってもいい。
・人の言うことに対して否定的な態度を取らない。
・発言せず、ただ聞いているだけでもいい。
・お互いが問いかけるようにする。
・知識だけではなく、自分の経験にそくして話す。
・話がまとまらなくてもいい。
・意見が変わってもいい。
・分からなくなってもいい。
そろそろソラで言えそうなこちらのルール、もともとは、数々の「哲学対話」を実践してきた東京大学教授の梶谷真司さんが提唱しているものです(私も3回目にして、少し勉強しました)。梶谷さんは、著書『考えるとはどういうことか』の中で「私が哲学対話でもっとも大切だと思っているのは、『自由に考えること』」とも書かれていて、今回の会はまさに自由に考えることが許された贅沢な時間だったことを、先にお伝えしておきます。
“働く”とお金

まずは「お金に関係なくやりたい仕事」「生活のための労働」といったキーワードから、働くと切っても切り離せないお金の話題に。
・お金をもらわなくてもやりたい仕事は、働くという感覚が薄い
・そこまでやりたくなくても、生活のためにする仕事は“労働”という気がする
・若い頃は「社会をこう変えてやる!」という強い使命感があって、給与明細を気にしたことがなかった。同時に周りはみんな敵という感覚もあった
・「何のために働いているのか」意味を求めると苦しくなるのに「私は働いてる!」と自信を持って言いたい、という矛盾がある
・お金を稼ぐことだけに振り切ったら、と想像するとこわい
・やりたくてやっていることだ、と自分で自分を縛りつけている感覚もある
・お金が発生しないと仕事じゃない、という呪縛がある
「働く」と「お金」を結びつけると、矛盾、呪縛、といったワードが出てくるのが、今を働く人たちの本音という気がします。どれだけ稼いでいるかが判断要素のひとつになる社会の空気と、隣の芝生が気になる心理と、目の前の自分の生活と、それでもやっぱり、やりたいことをしたいという希望と。いろんなものに惑わされながら、私たちは働いている。「物物交換をしていた昔の時代に憧れますよね」という言葉に大きくうなづく方もいるなど、特にお金との向き合い方にはみなさん難しさを感じているようでした。
会社員とフリーランス
その後話題は、会社員とフリーランスの働き方の違いについて流れていきました。
会社員勤めを経験し、体調を崩したことをきっかけにフリーランスに転身した参加者のひとりは「幸福度が上がった」のだそう。「会社員のときは、思考停止している状態。それでも、毎月一定の額のお給料が支払われたら、許してしまうんです。会社を辞めてからは、自分ひとりという不安やお金のこと、心配はたくさんあるけれど、自分に嘘をつかずに生きていけている」と朗らかに話してくれました。
ちなみに私は、2回の転職を挟みつつ、十数年会社員をしています。安定した収入、守られた環境など、会社員の良さを実感を持って語ることができる。でも同時に「自分に嘘をついていないか?」「幸福か?」と問われると、ドキッとしてしまうもの。
他にも参加者の方々の今の働き方への覚悟を感じるエピソードを聞きながら、自分の働く軸ってなんだったかな、と考えてしまいました。

子どもの教育に携わる参加者のひとりからは、キャリアについて考えさせられるこんな話題も。「2022年あたりから始まったキャリア教育で変わったのは“何の色もついていない人”から“会社が求める人”を育てるようになったと感じています。でもそれって、1人ひとりの幸せを会社が考えているわけではないですよね。結局個人が会社に吸収されてしまう」。
たしかに、会社に就職することが当たり前な空気の中にいた私のような人にとっては、「会社が求める姿に適応していくこと=働くこと」そんな教えが染み込んでいるのかもしれません。一方で、「ひとりで働くことは、常に問い続け、考え続けること。その余白を作っておく難しさがある」とフリーランスで働く方の実感値を伴う言葉も印象的でした。
ちゃんと考えると沈黙が生まれる

今回の対話会、おそらく皆さんが想像している以上に、沈黙の時間がありました。気まずい沈黙ではなく、誰かの話を聞いて、受け止めて、自分に問いかける時間、と言ったらいいのでしょうか。会の後、参加者からも「静かに考える時間が持ててよかった」「自分とも対話できる時間だった」という感想が。私自身、相手の言葉を受け止めるのも、自分の伝えたいことを言葉にするのも、本来ちゃんと時間がかかるのだということに気付かされる体験でした。
対話の中で「俳優は自分をさらけ出す。だから、生き方が出る」とも話されていたジョージさん。自分のさらけ出し方を知っている人が作る空間だから、笑って誤魔化したり、必要以上に遜ったり、沈黙を避けるように言葉を繋げたり、そういう処世術に頼ることなく、素直に沈黙に浸ることができたのかもしれません。
考えるって、お腹がすく。ごはん会でひと息つきましょう

結論を出すのが目的ではなく、あくまで考えを共有しそれぞれが問いを持ち帰る対話会は、時間がくるとプツンと終わるのも特徴のひとつ。とはいえその後のごはん会でも、参加者どうし働き方に関して質問したり、相談したり、「さっき話していたあれって…と」気になったことを深掘りしたりと、リラックスして対話会の余韻を楽しんでいるようでした。

対話会では、正解がない分、どんなバックグラウンドの人も対等です。それは会の後にも感じることで、もはや店員(もてなす人)とお客さん(もてなされる人)ではない関係値ができているから、自然と「手伝いますよ」「これはどこに置きます?」と、気がついたら参加者が席を立ち、手伝っている様子も。誰かが置いていかれるわけでもなく、対話会の空気がそのまま流れているような時間でした。

会を終えて
1回目、2回目の「豊かさ」という抽象度の高いテーマと比べると「働く」は個人の生き方が色濃く反映される分、どう話すか、どう受け取るか、いい意味でとても慎重に思考を巡らせた感覚がありました。
対話の中で印象的だったのが「人からの評価と、自分がやることを切り離して考えられたらいいのでは」というある参加者の言葉。きっと働くうえで矛盾や、呪縛や、不安がつきまとうのは、いつだって誰かからの評価があるから。それらを取っ払った時に、譲れないものは何なのか。お金、やりがい、社会への影響、誰かの感謝の言葉、その何が、どれくらいの配分だと自分は心地がいいのか…答えは本当に人ぞれぞれだと思うのです。
会社員として働く人も、組織に属さない働き方を選んだ人も、最初から明確にやりたいことがあって働く人も、なんとなく気がついたらこんな働き方をしていた、という人も、さまざまなグラデーションで働く人達が、同じ社会で生きている。対話を通してその違いを体感し「じゃあ私は、ここからどうする?」と、自分で自分に問いかけるきっかけとなる、とてもいい時間でした。

かつて正社員として飲食店に勤めたこともあるというジョージさん。「以前の職場は、毎日ジャズの生演奏があり、常に美術の展示があり、こだわった食事がある飲食店でした」。将来やりたいことが全て詰まった最高に楽しい仕事である一方で、鉄人のような心身の強靭さや、要望に忠実に応える姿勢を求められる環境に悩んだといいます。前オーナーからミチクサを引き継ぎ経営者となった今、自ら舵を取って働くことは、仮に12時間働き続けてもいい!と思うくらい夢中になれることなのだそう。ミチクサで働く魅力を聞くと「分かち合う感覚があること」だと答えてくれました。「自分の強みを活かして、お客様にどんなふうに時間と空間を楽しんでもらうかを常に考えています。食事やイベントは、コミュニケーションを捗らせるための手段。自分が作ったものに感動してもらえて、それを一緒に分かち合えるのが楽しいです」。
与えるのではなく、分かち合う。訪れる人に楽しんでもらうことを考えながら、満たされた気持ちを一緒に分かち合うその姿勢が、自然と多くの人を惹きつけるのかもしれません。その証拠に、セミナーに展示会、ミニコンサートに夜さんぽと、数ヶ月前にお店を引き継いだとは思えないほどのスピードで、さまざまな企画を実現されています。「お店は演劇活動のひとつ」とお話されていた言葉にも納得。それぞれの企画に、それぞれファンがついてきているとのこと。この対話会にも、きっと(私を含め)ファンがついてくれるに違いない、と確信したのでした。