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違いを楽しむ管理人が営む、食を通したお試しの場ーシェアキッチン&コミュニティースペース『北浦和イッカイ』

書き手 カド ジュウン

「誰でも、ふらっと立ち寄れる場所」。
あちこちにあるようで、案外多くはないのかもしれません。

「ターゲティング」や「マーケティング」という言葉を耳にする機会も増え、 場づくりにおいても、年齢・性別・趣味・ライフスタイルなど、“誰に届けるか”を前提に考えることが多い気がします。
きっとそのほうが効率的で、成果も出やすい。でも、だからこそ、目的や属性で人を選ばず、“あえて誰でも来られる場”をつくることには、難しいけれど大きな意味があるんじゃないかと思うのです。

北浦和駅から徒歩5分、北浦和西口商店街の中ほどに位置する「北浦和イッカイ」は、そんな、「訪れる人を選ばない場所」。
「商店街の1階で、お試しに1回」をコンセプトに、飲食店営業許可・菓子製造業許可が取得できるキッチンと、6畳の小上がりのあるスペースを備え、それぞれ半日から借りることができます。2方向に間口が開いて、中が良く見える店内では、野菜やお惣菜などの販売が定期的に行われているほか、ワークショップやボランティア団体による地域食堂が開かれていたりと活用方法はさまざま。
商店街を歩く人が、「今日は何をやっているんだろう」と自然に足を止める、そんな開かれた空間づくりの裏に込められた想いと工夫を管理人の猪瀬早紀(いのせ さき)さんに伺いました。

中身が変わる、さまざまな看板をもつお店

―― 近所に住んでいることもあって何度か足を運んでいるのですが、来るたびに雰囲気がガラリと変わるのが印象的です。はじめて伺ったときは、あふれんばかりの人がお店に集っており、とてもにぎやかで楽しい印象でしたが、別の機会ではトークイベントということもあり、みなさんとても熱心に対話されており…。集う人によって全く違う雰囲気になり、来るたびに新しい出会いがあるこの場所を、どんな方がどのような想いで運営されているのか、ぜひお話しを聞かせていただけると嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。

猪瀬さん : 何度も足を運んでいただいていただなんて、とても嬉しいです。
こうしたインタビューは、ちょっと緊張するのですが…イッカイのことをいろいろとお伝えできたら嬉しいです。今日は、よろしくお願いいたします。

ーー青いひさしとウッドデッキが、さまざまなお店が立ち並ぶ商店街の中でも、ひときわ目を引きます。もともとはご自宅だったと聞いて、驚きました。

猪瀬さん : そうなんです。
自宅として2012年から9年間、家族とともにこの場所で暮らして、1階はガレージ、2階と3階を居住スペースとして使用していました。

ガレージは土間になっていたので、人を招いて何かするといった使い方ができて。ときどき住み開きのように、ちょっとしたイベントを行ったり、友人にガレージセールをやってもらったり、光熱費などを考慮してワンコインで知人に貸したりもしていました。
ほかにも、夫のお兄さんたちが「見沼田んぼ福祉農園」で、育てた野菜の販売もしていましたね。(※1)

(※1)さいたま市緑区にある農園。埼玉県が設置し、障害者団体を中心につくられた見沼福祉農園推進協議会が運営。ここでは年齢や性別、障害の有無など関係なしに農業をしながら、地域のなかにさまざまなつながりをつくることを目指して活動している。現在も、運営するNPO法人「のらんど」が定期的に北浦和イッカイで野菜販売を行っている。

ーー住んでいたころから、開かれた場所だったんですね。

猪瀬さん : それが、そうでもなくて。かなり雑然としていて、シャッターを下ろしていることも多かったので、今みたいに開かれた印象はあまりなかったと思います。

ただ、私はもともと銀行員だったので、建物をこういった使い方をしているのに耐えられないとは思っていました(笑)。
ここは、角地にあたるので、場所としての資産価値が高いんです。

商店街の中にあるという立地を考えても、住むだけじゃなくて、ちゃんと商売をして、毎日シャッターを開けた方が良い。回遊性のある間取りにして人が集まる場にしたらいいんじゃないのかなとは、住みながらずっと思っていましたね。

ガレージ時代にもらった看板は今でも健在。イッカイという名は夫の浩平さんがつけたそう

ーーとはいっても、その時点では、ご自身が今のような場所をつくるとは思っていなかったんですね。

猪瀬さん : そうですね。
銀行員として働き続けたいと思っていましたし、この辺りの出身ではなく、この地域に特別な思い入れがあったわけでもなかったので、そもそもこの場所に住み続けるイメージもあまり持っていなかったんです。

朝早くから夜遅くまで働いていたので、お店が空いている時間に商店街を通ることがほとんどなくて。商店街の中に住んでいるのに、どんなお店があるのかよく知りませんでした。正直、買い物は宅配サービスやインターネットで済ませることが多かったです(笑)。

ーーそうだったのですか!地域の商店街で事業をやられている今とだいぶギャップがありますね。心境が変化するようなできごとがあったのでしょうか。

猪瀬さん : 私には3人の子どもがいて、それぞれの出産のタイミングで育休をとったのですが、その時間が私にとって少しずつ気持ちが変わるきっかけになりました。
日中、子どもを連れて街を歩くようになって、商店街のことやそこで暮らす人たちのことを知るようになったんです。お店の方が「赤ちゃん?今何歳?」ってベビーカーを覗き込みながら気さくに声をかけてくれたりして。

インターネットで買い物をしているときには、出会えなかった人やできごとで溢れている商店街が予定調和的じゃないといいますか…。「おもしろい場所」だなと思いましたね。気がついたら足を運ぶのが楽しくなっていました。

ーー少しずつ、北浦和が身近な場所になっていったんですね。

猪瀬さん : そうですね。
知り合いが少しずつ増えていく中で、だんだんと自分が北浦和に住み続けるイメージができたのかもしれません。

そう思ったら、自分自身がこれからシニアになっていくのに向けて、助け合える顔見知りを増やしていきたいという気持ちが自然に芽生えてきて。
それならこの場所を使って、人の交流が生まれる空間がつくれたらいいな、と思ったんです。

ーー具体的にはどのような場所を思い描かれたんでしょうか。

猪瀬さん : 「公民館」や「公園」、「自宅」でも人が集まれる場所はつくれて。
それでも、わざわざ新しい場所をやる意味ってなんだろうって考えた時に、もともと家であることを生かして「家っぽいけれど、家ではできないちょっと特別なことができる場所」をつくりたいなと思ったんです。

日の光が差し込み、明るく開放的。奥には小上がりがあり、ゆっくりくつろげる雰囲気

せっかくならば、少しでも多くの人がふらっと立ち寄れるような場所にしたいと考え、日によって売られているものも店主も変わる、さまざまな看板をもつシェアスペースという形をとることにしました。

アクセサリーや小物とかだけでもよかったのですが、年齢、性別にかかわらず、誰にとっても関わりがあるものと考えたときに、「食べもの」を扱いたいと思って。キッチンを設けて飲食店営業許可・菓子製造業許可が取得できるようにしましたね。

ーーシェアであれば、借りるハードルが下がり、借りる側にとってもメリットがありそうです。

猪瀬さん : シェアにしたのには、利用できる人を絞りたくないという思いもあったんです。
「週〇回以上、〇時から〇時までは、お店を開けておいてください」みたいな制約を設けてしまうと、利用できる方がぐっと限られてしまうんじゃないかなと思っていて。

子育て中や障害があるなどの理由で毎日働くのが難しいとか、本業は辞めたくないけど兼業という形でなら何か始めてみたいと思っているとか。何かしらの制約がありつつも、柔軟にチャレンジができる場があれば挑戦したいと思っている方に、ぜひこの場所を使ってもらいたかったんですよね。
実際、私自身もイッカイを始めた当初は銀行員として働いていたので、兼業という形でチャレンジできたのはとてもよかったなと思っています。

自分と向き合い、自分自身のすそ野を広げられる場所

ーー例えば、趣味で作ったものを販売してみよう!と思ったときに、気軽に試せる場所があるのっていいですよね。自分ひとりで始めようとすると、初期投資もかさみますし、時間もかかるので、踏み出すのには相当な勇気がいるように思います。

猪瀬さん : ハンドメイドでも、パン作りやお菓子作りとかなんでもそうですが、趣味だけど売れるぐらいのスキルをもっている方って案外いらっしゃるんです。
ただ、それを趣味としてやり続けるのと、実際にお金をいただいてやるのとでは、明確に別物だと思っていて。でも案外、それを試せる場ってないんじゃないかなと思うんです。

だからこそ、気軽に試せる場があるといいし、自分のやりたいことを披露したり、表現したりできるーー「利用者自身のすそ野を広げられる場所」をつくりたいと思ったんですよね。

ーー実際に試したからこそ、気づくことも多くありそうですよね。

猪瀬さん : まさに、たくさんの気づきが得られる場所であってほしいと思っているので、利用される方の「独立応援」とか「独り立ち」というようなゴールは、設定していないんです。

ーーそこには、どんな理由があるんでしょうか。

猪瀬さん : 例えば、料理好きな方が、お弁当の販売をしようと思ってイッカイでお試しをされたとします。
初めのうちは、まとめておかずを作りお弁当箱に詰めて販売していたけれど、やっている中で「お客さんの要望にあわせたい」と思うようになり、オーダーされてから作った出来立てのおかずを詰めて提供するスタイルに変えることもあれば…。
「選ぶ楽しさも届けたい」と大皿におかずを並べて、お客さん自身がお弁当箱に盛りつけるスタイルに変えることだってあるかもしれません。
もしかすると、作った料理を提供することより料理を教える方が好きだと思うこともあるかもしれないですし、そもそも商売じゃなく趣味として続ける方がしっくりくる、と気がつくことだってあると思うんです。

同じ料理が好きな方でも、やり方は無限にあるし、「お店をもつ」ことが唯一のゴールというわけじゃないんですよね。
だからこそ、自分にとって本当にやりたいことを見つけられる場所として、私がゴールを決めることはしていません。

また、ここを使う方のスタートにもグラデーションがあっていいと思っています。
利用されている方の中には、いつでも自分の店舗を持てますというレベルの方から、自分の作ったものを販売するのが初めてという方まで、さまざまな方がいらっしゃいますね。

ーー私にもやってみて初めて「自分のやりたいことってこれだったんだ!」って気がついた経験があります。それから「思い描いていたようにいかない」という経験も…(苦笑)。

猪瀬さん : イッカイを利用される方の多くが「販売」をされていますが、お金をもらうからこその難しさもあると思っていて。
厳しいことを言うようですが、ここであれば簡単に売れるなんてことは当然ないんですよね。

販売時間の中で商品として提供できるように準備をどうすすめるかといった段取りや、お客さんに買いたいと思わせるための告知の仕方とか、リピートしてもらうための工夫とか。
やってみて初めて直面する試練がたくさんあります。「そんな問題があるのか…」って。

ーーそうした試練と向き合える場でもあるんですね。

猪瀬さん : 実際に行動してみて、問題と向き合い、試行錯誤して解決策を見つけていける機会になっているのであれば、この場の価値を提供できているのかなと思いますね。

なので、私自身がコンサルタント的なことはしないよう意識しています。
というのも、私が何か言うことで、その人にあったやり方や本当に望んでいるゴールを見つけるチャンスを奪ってしまうかもしれないという思いがあるからです。
だからこそ、「自分の好きなように使ってほしい」を大事にしていますね。

ーーお話を聞いていたら、私も何か始めてみたくなってきました!

猪瀬さん : 本当ですか?!(笑)。
イッカイは、利用される方にとってのお試しの場であると同時に、私にとってのお試しの場でもあるんです。
利用者の方や立ち寄ってくださる方の話を聞き、自分なりに考え、少しずつ変えてみるを、ひたすら繰り返していまして。

例えば、キッチンの備品ひとつとっても、スペースに限りがあるので無限には増やせるわけではなくて、ニーズを聞きつつ「この場に本当に必要か」をよく考えながら増やしていっていますね。

限られたスペースに何を置くかも、利用される方とのコミュニケーションを通じてひとつずつ丁寧に選んでいる

ーーまさに、早紀さんにとっての「お試しの場」なのですね。

猪瀬さん : そうなんです。
実は、ちょっと前までは「自分でイベントを企画したい」って言っていたんですが、いざやってみると、自分が表立ってイベントをやることがあまり好きじゃないことに気づきました(笑)。

むしろイベントをやっている人のサポートしたり、裏方的な役割を担う方が好きだし向いているとわかったんです。それで、やりたいことから外すことにしました。

コミュニティスペースとして、誰もがふらっと楽しめる場所へ

ーーお試しの場としての顔も印象的ですが、人とのつながりや交流が生まれるコミュニティスペースとしての顔も印象的です。私自身、イッカイで買い物をしているとお客さんが「これがおいしいのよ」とか「この野菜はマヨネーズと和えるのがおすすめ」などと話しかけてくださって。買い物中にお店の方と話す機会はあっても、他のお客さんと話したり商品の感想を聞くというのはなかなかなく、とても新鮮でした。

猪瀬さん : 確かに、イッカイではお客さん同士のコミュニケーションは多い気がします。
そうした光景をみたり、聞いたりすると、この場を通じた交流やつながりが生まれていることを実感できて、やっぱり嬉しいですね。

ほかにも、利用者の方とお客さんがつながって、「今度、自宅でやられているレッスンに通うことになったんです」というお話を伺ったり、利用者の方が他の利用者の方のワークショップに参加していたり。
私の知らないところで輪が広がっているのをみると、本当に嬉しくて。この場所をやっていてよかったなと思うことの一つです。

ーーコミュニケーションだけでなく、さまざまなつながりが生まれる場所なのですね。

猪瀬さん : ただ、「この場への参加のハードルは低く」と思っているので、いらっしゃる方にも関わり方のグラデーションがあっていいと思っていて。
何か購入しなくても、誰かと話さなくても、「何をやっているんだろう。」とか「ふーん、こんなのあるんだ。」って思ってもらえるだけでも、きっと何か持ち帰れるものがあって、この場と関わりをもってくれたことになるのかなと思っています。

取材中も「今日は何をやっているの?」「ここは何の場所なんですか?」と、中を覗き込む方がちらほら

ーーつながりやコミュニケーションにもいろんな形があっていいんだなと思えます。イッカイは不思議とつながることを強要されないといいますか、プレッシャーを感じないんですよね。場をつくるうえで、大切にされている想いなどはあるのでしょうか。

猪瀬さん : 「囲ったり、排除したりしない」ということは、大切にしていることの一つですね。
正直ターゲティングした方が、利用者やお客さんを増やすという意味では効率的で楽だと思います。
でも私がここでやりたいのは、人を選ばず、訪れた人なりの楽しさを見つけ楽しめる場所なんですよね。

そのためにターゲットは絞らず、できるだけ「客観的な場」であろうと思いますし、「目的をもたない場」でもあろうと思っているんです。

気が合う人で固まらず、違いを楽しむことを大切に

ーー「客観的な場」と「目的をもたない場」ですか。それぞれ詳しくお聞きできればと思います。まずは「客観的な場」というと、どのようなことを意識されているのでしょうか。

猪瀬さん : 気が合う人だけで固まらないということは大切にしていますね。
だから、利用者の方を囲うようなことはしないですし、排除したりもしない。

イッカイだけを使って欲しいとかも一切なくて。
むしろチャレンジの場はいくらでもあっていいと思うので、他のシェアキッチンを使ってもらったりマルシェへの出展とか、どんどん活躍の場を広げてほしいと思っています。
もちろん、箔をつけて戻ってきてくれたら、すごく嬉しいんですけどね(笑)。

ーー気が合う人だけで固まらないことを大切にしようと思ったのには、何か理由があるのでしょうか。

猪瀬さん : 気が合う人や考えが近い人たちだけのコミュニティって、すごく居心地がいいんですよね。ただ、どうしても停滞してしまう側面もあるような気がして。

ーー確かに、自分と同じ考えをもった人だけだと、居心地の良さから現状を変えたくないと思ってしまいそうですし、新しいアイデアが生まれるとか、変化は起こりにくいかもしれないと思いました。

猪瀬さん : そうですね。
まさに、違うからこそ、気づけることってたくさんあるんじゃないかなと思っていて。

私は、自分と他人との違いそのものが面白いなと思いますし、違いの中でその人のもつ、さまざまな一面を発見して、自分が良いと思うことを再発見できるのも面白いと思うんですよね。

壁を装飾しているタイルのように、イッカイには、さまざまな個性が集う。このタイルは設計士からもらったサンプルで、オープン前に開催したワークショップで参加者と一緒に壁に貼り付けた思い出の品でもある

インタビューの最初にもおっしゃっていただいたことと重なりますが、実際に同じ曜日でも出店者が違うと、驚くくらい雰囲気が変わって、いらっしゃるお客さんも変わるんです。
おしゃべり好きな明るい方が出店されているときは、お客さんも100メートル先から「みつけた~~!」って、ここを目掛けてきていることが分かるくらい元気いっぱいで(笑)。

一方でしっとり系の方が出店されているときは、お客さんも少しおしゃべりを楽しんだらさっと買って帰るみたいな感じだったり。すごく、面白いですよね。

ーー同じ場所なのに、全然違う場所みたいですね(笑)。早紀さんは昔から、他者との違いを楽しむことを大切にされていたのでしょうか。

猪瀬さん : もともと、変化があることが面白いと思うタイプだったというのはありますね。
それから、大学生の頃から携わっていた「見沼田んぼ福祉農園」も少なからず影響しているように思います。
障害があったりなかったり、そういった相違に関係なくいろんな人がいる環境が自分の世界を広げてくれたんだろうなって。

ーーなるほど。

猪瀬さん : 人って120%分かり合える人だけじゃない方が、お互いにとって良いような気がするんですよね。
そもそも家族ですら、分かり合うのって難しいじゃないですか。
20年近く一緒にいる夫とも、分かり合えない部分がたくさんあって(笑)。

でも、違うからこそたくさん刺激や影響を受けているなとふとした瞬間に思いますし、相談した時には自分では全く思いつきもしないような意見をもらえたりして…。それがすごくありがたいことだなと思うんですよね。

ーーすてきな関係性で憧れます…!

猪瀬さん : ありがとうございます(笑)。

原っぱのようになりたい。目的をもたず、つくり込まない“空間づくり”

ーーイッカイには、いろんな考えや価値観もった人がいるからこそ、いろんな顔があって、その違いをも楽しめる雰囲気があるからこそ、ここならではの居心地の良さがあるのだなと思いました。もうひとつの「目的をもたない場」についてもお聞きしたいです。

猪瀬さん : 実は、この目的をもたない場所というのは、文化人類学者の夫の仕事を通じて私自身も関わった「日本ボランティア学会(※2)」で聞いた「人の集まる場所として、なんにでもなれる場所は強い」という話から影響を受けています。

青木淳氏の著書『原っぱと遊園地』から引用した話だったと記憶していまして。
遊園地のように目的やその遊び方も決まっている場と、原っぱのように目的も遊び方も決まっていなくて、各々が楽しみたい方法で自由に過ごすことができる場の対比が出てくるんです。
その話がずっと頭に残っていて、イッカイは「原っぱ」を意識した場にしたいなと思ったんですよね。

(※2)現代社会におけるボランティアの可能性について、さまざまな考え方をもつ多様な人が集い自由な議論がなされた。2014年7月に解散。

ーー確かに、原っぱでの楽しみ方は十人十色ですね。

猪瀬さん : どちらが優れているとかいう話ではなく、少しでも多くの人が関われる場所にしたいという想いがあったので、場所自体にあまり目的を持たせないようにしようと思っています。

最低限守ってもらうルールは必要かもしれませんが、「こうしなきゃいけないとか」、「こう楽しんでください」といった縛りをつくらないようにしていますし、ここの空間自体をつくり込みすぎないことにも気を配っていますね。

例えば、「引き戸を触らないでください」というルールをつくることは簡単だ。けれど、その先にある「しなければならない」で溢れた空間にはしたくない、という早紀さんの想いが、この場所にはこめられている

ーー関わり方を関わる人自身が決められる「自由さ」がこの場にはあるのだなと感じます。空間自体をつくりこみすぎないようにというと、どのようなことを意識されているのでしょうか。

猪瀬さん : ここでも、「誰でも」という視点を大切にしています。おしゃれすぎたり、こだわったりしすぎると、それだけで来てくれる人を選んでしまうと思っていて…。

ただ、こだわっている点もあって「視認性を良くすること」や「誰にとっても使いやすいこと」は意識していますね。

ーー具体的にはどのような工夫をされているのでしょうか。

猪瀬さん : この場所に、少しでも興味をもってもらえればと、奥まで見渡せるように壁を抜いて、2方向開けられるようにしました。

また、せっかく興味をもってもらっても、バリアを感じて使ってもらえないのは嫌なので、使いやすさを考えた設備投資や空間づくりは常に続けていますね。
今はウッドデッキの改修とスロープの設置などを検討しているところです。(※3)

(※3)本インタビュー実施後の2025年9月にウッドデッキの改修を実施し、正面入り口にスロープ機能が追加された。

ーー空間づくりは今もなお進行中なのですね…!

猪瀬さん : はい、ここを開いてからずっと試行錯誤していますね。
実は、先日車いすユーザーの方が、市外から来てくださって空間づくりや設備を考える貴重な機会となりました。

改めて、車いすの方にとって使いやすいということは、シニアの方や小さな子供にとっても使いやすいということだなと思いましたし、障害の有無問わずふらっと楽しみをもって来られる方を増やしたいなと思いましたね。

スペースにも限りがあるので、できることとできないことは当然ありますが、使ってくださる方の声を聞いて、いろんな視点から空間づくりに取り組み続けられたらよいなと思っています。

社会性も事業性も、全部一人で担わなくたって良い

ーーこの場をつくるうえで大切にされている想いや、実際の空間づくりへの工夫のひとつひとつがあわさって、イッカイならではの居心地の良さやふらっと立ち寄れる雰囲気につながっているのだなと感じました。少し話題が変わりますが、地域で何かを始めようと思うと直面する課題のひとつに「社会性と事業性の両立」があるかと思います。

猪瀬さん : イッカイでも、社会性と事業性の両立は課題の一つだと思っています。

ときどき「地域のためになるから、無料でスペースを貸してほしい」という相談を受けることがあるんですが、お断りするようにしています。
そもそも私は、営利活動と非営利活動の間に優劣があるとは思っていないので、非営利活動だから優先されるとかは、あまりしたくないんですよね。
同じように、お金を生み出すか否かとか、対価を受け取っているかどうかという分け方もしたくなくて。

もし仮にスペースを無料で貸したとして、同じ日にお金払って使いたいという人がいらした時、自分の中に歪んだ気持ちが生まれてしまうのは避けたいなと思っているんです。

ーー私も、「社会性=利益を生み出してはいけない」という風潮を感じることがありますね。と同時に、社会性の本質に「利益を生み出すか否か」はあまり関係ないようにも思います。

猪瀬さん : まさに、そうですね。
持ち出しをされて、地域貢献に取り組まれている方も確かにいらっしゃって、それは素晴らしいことだし、悪いこととは思いません。
ただ、少なくとも私は、継続させていくことを考えると最低限の利益がないと厳しいかなと思っていますね。融資の返済や設備投資などを考えると、なおさらです。

とはいっても、社会性も事業性も最初からすべて自分が担わないといけないとは思ってはいなくて。
創業3年目の立ち位置としては、まずは社会性を担う活動を通して、北浦和イッカイの認知度を高めることや、交流や広報の場を積極的に作る必要があると考えました。

だからこそ、両立させるための一つの方法として、事業性の部分は得意な方にお任せじゃないですが…今は利用者の方に委ねていて。
私自身は社会性の部分を積極的に担っていきたいなと思っているんです。

ーー月に1回ほどイッカイを解放されているオープンデーなども、そうした考えから生まれたものなのでしょうか。

猪瀬さん : はい。
オープンデーは、イッカイの利用に興味がある方の内覧の機会としていただいたり、訪れた方同士の交流の場にしていただいたり…。

それから、地域の中でお金が循環するということも大切にしたいと思っているので、当日は、ここの利用者の方が販売されているものや商店街のお店で購入したものをご用意したりもしていますね。
何より「ここを利用されている方で、こういうこだわりがあって…」と、ストーリーというお土産もお渡しできるので。

まだまだ模索中の部分も多いですが、イッカイ自体が地域でどういった役割を求められていて、どんな役割を果たせるのかは、これからも考えていきたいと思っています。

オープンデーの様子。予約制の内覧は早い段階で埋まってしまうことも

これからのイッカイ。地域のハブとして、循環の起点に

ーー最後にこれからのイッカイについて、お聞かせください。

猪瀬さん : 「このまちで何か始めてみたいという想い」が育まれ、つながり、広がっていくような場になれたら嬉しいです。

北浦和の商店街も、お店の入れ替わりが結構ありまして、代替わりしてシャッターが閉まってしまったお店があったり、開業するお店が似たような業種で偏りがあったり。
このままでは、少しずつ活気が失われてしまうのではないかと危機感があるんですよね。

そんな中で、ありがたいことに、もともとイッカイにお客さんとして来ていた方が「実はこういうことができるんです」と話してくれ、イッカイの利用につながることも実際にあって。
「自分も何かチャレンジしてみようかな」と思えるような、そうした想いが循環していくような場所となるよう、これからも試行錯誤していきたいです。

その中から、この商店街の空き店舗や北浦和周辺でお店を持ちたいという人があらわれたら、すごく嬉しいですし、ぜひ応援したいなと思いますね。

ーーチャレンジの場が広がり、北浦和も盛り上がって、まさに好循環ですね。

猪瀬さん : それから、外からの人を増やすっていう視点ももっていたいなと思っています。
例えば、病院は嫌な予定だけど帰りにイッカイで買い物をしてみようとか、北浦和公園で食べるものを買おうとか、ちょっとした楽しみを見つけてもらえる場を目指していきたいなって。

そうやってこの場所がきっかけとなって、商店街の魅力に気づいてもらったり、他のお店で買い物してみようと思ってもらえたら嬉しいですし、地域全体が盛り上がることにもなるのかなと思っています。

ーー早紀さんにとってもお試しの場でもあるイッカイ。これからも試行錯誤されていくのですね。

猪瀬さん : そうですね。さまざまな声を取り入れながら、これからもお試しを繰り返しながら、少しずつ変化していきたいです。

編集後記

イッカイに行くと、つい買いすぎてしまう。そこには必ず名営業マンがいるからだ。個性的な店主だったり、近所の住人だったり、お客さんだったり…。

そんなコミュニケーションが生まれるのは、この場所が、それぞれの好きな関わり方で関わる、心地よい空気に包まれているからだろう。

この空気を大事に育てているのが管理人の早紀さんだ。

はじめて会った日から、ずっと私にとって早紀さんはピカピカ輝いている人だ。飾らないけれど、他者のことも自分のことも同じように大事にし、たくさん試行錯誤して自分を磨き続けている。そんな人にみえる。

ゆるやかなつながりと、あたたかなひと時と、おいしい食べ物やすてきな品物を求めてーーそれからそんな早紀さんに会うためにーーお小遣いをたんまり仕込んだ財布を握りしめ、今日もわたしは、イッカイへと向かう。

北浦和イッカイ

住所:さいたま市浦和区常盤10-9-15
お問い合わせ:kitaurawa.ikkai@gmail.comまたはInstagramのDMより(スペース利用希望者の方は、いずれかよりお問い合わせください)
営業日時:イベントによる(詳細はInstagramよりご確認ください)
定休日:不定期
駐車場:無し(近隣のコインパーキングをご利用ください)
Instagram:@kitaurawa.ikkai

書き手
カド ジュウン

点と点がつながるように、地域のことを知ることで、ある日ふと、自分の人生と繋がる瞬間があるーー。
このまちで出会った人やその物語を丁寧に紡ぐことで、今よりもっとこのまちを好きになれる。そんな記事を書いていきたいです。
埼玉県出身、浦和区在住。元市役所職員で、現在は都内勤務の会社員です。

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