「助産師」と聞くと、出産をサポートする医療のスペシャリストというイメージがありませんか?
今回お話をうかがったのは、妊娠出産から子育てまでお母さんたちの「心」に寄り添い伴走する助産師の落合陽子(おちあいようこ)さんです。助産師としてクリニックでお産の現場に立ち会う傍ら、産前産後のオンライン相談や赤ちゃん連れで気軽にご飯を食べられるイベントを主催するといった活動をされています。
筆者が陽子さんと初めてお話ししたのは、さいたま市で活動する方をゲストにお呼びし、 あるテーマについて一緒に考える音声配信「さいのネトーク」で、対談のテーマは「 暮らしが豊かになる、産前産後ケアについて考える」でした。
当時、私は次女を妊娠中でしたが、この陽子さんとの対談をきっかけに、初めて自分の本心と向き合い出産への準備を整えることができたのです。そのおかげで、実際のお産はとても豊かで幸せな時間となりました。さらに産後には、一緒に振り返る機会をいただき、どのような体験だったかを語ることで、その出来事がより深く心に刻まれ、かけがえのない宝物として残っています。産前から産後まで、陽子さんと対話を重ねながら自分自身と向き合えたことで、生まれてきてくれた子どもたちをより一層愛おしく感じるようになりました。そして、出産を経験した自分自身に対しても少し誇らしさを抱けるようになり、今は日々の子育てを楽しく過ごせています。
これから出産を控えた方や子育て中の方に陽子さんの活動を知っていただくことで、出産や子育てがより幸せなものになればと願い、今回のインタビューをお願いしました。
目次
社会人から助産師へ。ずっと軸になっているのは「人の笑顔」
―― 一度社会人を経験してから助産師になられたんですよね。
陽子さん : そうなんです。子どもの頃の一番最初の夢は、『ディズニーランド』で働くことでした。初めて訪れた時に、遊びに来ている人も働く人もみんな楽しそうで、その場にいるだけで気持ちが弾みましたね。笑顔が溢れる雰囲気に魅力を感じて「いつかここで働きたい」と思ったんです。結局その夢は叶いませんでしたが、「人の笑顔が見たい」という想いはずっと心の中にあって。だからこそ誰かの心に寄り添い信頼関係を築きながら、その人が笑顔になれるような仕事がしたいと思いました。
もともと実家が商売をしていて身近だったこともあり最初は販売の仕事に就き、そのあと医療事務を経験する中で、次第に看護の仕事に興味を持つようになったんです。その当時34歳、新たなキャリアを模索していた私は看護学校への進学を決意しました。
――すごい行動力ですね。看護学校に進学して、更に助産師になろうと思った理由はなんですか?
陽子さん :自分の年齢やキャリアを考えると更に別の資格があるといいかなと考えて、1年制の助産師学校に通って資格をとりました。助産師を選んだ理由は、看護学校で各科を回る実習の中でも、妊娠・出産・産後を扱う母性看護(産科)の実習がいちばん心に残ったからです。そこで恩師と呼べるような先生に出会えた影響も大きかったですね。
――恩師の先生に習ったことで1番印象的なことは何ですか?
陽子さん : 「相手の皮膚の内側に入ってその人が見てる景色を一緒に見なさい」という教えが今も心に深く残っています。これは例えば、産む側の分娩台の上から見た景色と、私たちが立つ足元からの景色というのは決して同じではないということ。だからこそ「分娩台に乗った時はどんな気持ちなのだろう」「その時にどんなふうに声をかけてほしいかな」と実際に想像してみることで初めて、患者さんに心から寄り添うことができるのだと教わりました。この教えに胸を打たれ、患者さんの心に深く寄り添える助産師になりたいと強く思うようになったんです。

――素敵な言葉ですね。実際に助産師になっていかがでしたか?
陽子さん : 実際に助産師として働き始めると、お産の現場や病棟の中は本当に忙しくて大変で、全然お母さんたちの気持ちになって考える余裕がありませんでした。学校で学んだ理想と、実際に病院で働く現実がかけ離れすぎていて、とてもモヤモヤする日々が続いたので、現在勤めているクリニックに移ったんです。そこはお母さんとの対話を大切にしていて、出産後に入院(※)している方の部屋に何度も通い、ゆっくり話す時間が取れました。
そうした関わりの中で関係が深まり、「また会いたいね」と話したり、退院後に実際に「落合さんいますか?」と訪ねてきてくれる方もいました。赤ちゃんを連れて「抱っこしてください」と言ってくださるお母さんもいて、その度に「ああ、助産師って本当に有難い仕事だな」と心から思っています。
(※)一般的に出産後、母体の身体回復や新生児の観察を目的として4〜6日程度の入院をする。
――子どもの頃に『ディズニーランド』で働きたいと思ったエピソードの「人の笑顔が見たい」「心に寄り添って信頼関係を築きたい」という想いが、今に繋がった感じがしますね。
陽子さん : そうなんですよね。いろいろな仕事をしてきましたが、やっぱり相手と丁寧に向き合うことで生まれる関係性があって。その先に見れた笑顔や思い出が、ずっと心に残っています。だから自分の中で「心に寄り添って信頼関係を築くことで、その人を笑顔にすること」は仕事をする上での大切な軸になっていますね。
コロナウイルスの感染で絶たれた繋がりを再び、もっと
――助産師っていいなと思える職場に出会えたとのことですが、そこから起業しようと思ったきっかけは何だったんですか?
陽子さん : オンラインを活用して、「お母さんたちを継続的にサポートする仕組み」を実現させたいと思ったことがきっかけです。助産師の主な業務は出産の際のサポートで、実は一般的に妊娠・出産・産後を迎える女性と関わる機会はほとんどないんですよ。
現在勤めているクリニックで、出産後に入院している方とゆっくり話す時間が取れているのは稀有なことなんです。ですが、そのような時間を取るほどに、出産前や退院後にも気軽に助産師と話せる時間を作って、つどつど疑問や不安を聞くことの重要性を感じるようになりました。
――たしかに、今までを振り返ってみて、もっと気軽に助産師さんとお話しできたら嬉しいなと思うタイミングは結構あったなと思いました。
陽子さん : そうですよね。ですが具体的な解決策は見つからないまま、助産師として働き初めて7年ほど経った時に、コロナウイルスの感染が拡大し始めたんです。その影響で、勉強会や研修などがオンラインで行われるようになった時に閃いたんです。妊娠・出産・産後を迎える女性と「オンラインでお話しする機会を作ればいいのでは」と。
実際にオンラインでお話しするイベントを開催したところ、ありがたいことに大変ご好評をいただき、私自身も大きな手応えを感じたんです。その中で、「病院で助産師さんと話したくても、どうしたらよいのか分からないんです」という声を伺い、出産時だけでなく前後の期間にも助産師の存在を必要としている方が多いのだと、改めて実感しました。
それから不定期で「オンラインでお話しする機会」を作っていたんです。その中で、「マンツーマンのオンラインサポート」をして欲しいという声をいただくようになりまして。最初は空き時間を活用して始めた活動でしたが、その幅が広がるにつれて、しっかりと注力していきたいと思うようになり、起業を決意しました。

「点」ではなく「線」で。女性の人生に伴走したい
――「継続的なサポート」とはどういうことでしょうか?
陽子さん : 一般的に助産師の役割は、出産時や産後の体のケアなどその時その時の「点」のサポートだと思われがちですが、私は妊娠出産から子育てまで継続的に伴走する「線」のサポートがしたいと思っています。
女性の人生は出産を経てもずっと続いていくから、出産の瞬間だけでなく妊娠中から産後の暮らしまで、お母さんたちの気持ちに寄り添いながら関わり続けたい。継続的に関わるからこそ、お互いに心の内を共有できるような信頼関係が生まれます。その先にあるのはやっぱり笑顔なんですよね。私は笑顔のお母さんを増やしたい。お母さんの笑顔は子どもの笑顔にも繋がると思うから。
――具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?
陽子さん : 妊娠中から産後数ヶ月にわたって、月に1回オンラインで個別にお話をうかがっています。妊娠中はバースプランを一緒に考えたり、抱えている不安を解消することで、出産に向けて心の準備を整えていくことがメインになることが多いですね。産後は、育児や産後の体の悩み、復職に関する相談を受けることが多いです。コーチングの資格を活かして出産、子育て、ライフスタイルについて「自分はどんなふうに、何を叶えたいだろう?」ということを対話を通して深掘りしてみたり。
オンラインでの相談に加えて、さいたま市を中心に、赤ちゃん連れで気軽にご飯を楽しむ会や、お産を語り合う会など、さまざまなイベントも開催しています。日頃、クリニックで産後のお母さんと話す中で出てきた「家族以外の大人と話す時間がない」「自分のご飯をゆっくり食べられない」といった声に応えたいという想いから企画しました。
ご飯会では、助産師が赤ちゃんを抱っこするので安心して食事ができ、お母さん同士でゆっくり交流できたり、子育ての不安を相談できる場となっています。オフラインで開催することで、地域に子育て中のお友達ができるという良い点もありますね。

バースプランは幸せの種
――オンラインでの相談以外だけでなく、オフラインの場を設けているのですね。地域で子育てしているお友達が出来るとすごく心強いので、とってもありがたい機会だなと思いました。お話の中に出てきた、陣痛中の過ごし方や出産の方法、生まれた後の対応に関する希望を記入して自分が出産予定の産院に提出するバースプラン。私は陽子さんとお話しするまでその重要性がわかっていなくて、「助産師さんに優しく声かけをしてほしい」とか「好きな音楽を流してほしい」とかその場限りの内容を書いていたんです。でも陽子さんに「バースプランって出産時だけじゃなくて、産後に赤ちゃんと過ごしていく上でも実はとても大切なんだよ、自分の本心と向き合ってゆっくり考えてみてね。」と言っていただいて。対談のあとバースプランを考える中で、1人目の出産の時は助産師さんの指示どおりに呼吸できず、自分のペースを失った感覚が心に残っていたと気づきました。その経験から、2人目は助産師さんのサポートを受けつつも、赤ちゃんが生まれてくる力と自分の感覚に集中して主体的に産みたいという希望をバースプランに書き加えたんです。
陽子さん : それは素晴らしいですね。実際の出産はいかがでしたか?
――「今は座って痛みを逃したい」「どうしても力が入ってしまう」などの私の声を助産師さんが丁寧に汲み取ってくださって、主体的に産みたいという希望に沿うサポートをしてくださいました。その結果、希望通りに自分の感覚や赤ちゃんのパワーを感じられた素敵なお産になりました。そんなお産の経験から、今でも自分のことを少し誇らしく思えて、生まれてきてくれた子供達のことも一層愛おしく感じるようになりました。自分の希望に気づき叶えるために、自分の本心にじっくり向き合うことが大切なんですね。
陽子さん : 対話をしたことでこれから迎える出産について改めて立ち止まって考えることができ、ご自身の本当に大切にしたい想いに気づくきっかけになったようで、とっても嬉しいです。本当は、妊娠中の限られた時間をどう過ごすのか、どんな出産がしたいのか、どんな子育てがしたいのかを助産師との対話の中で深掘りしながら考えることがとても大切。ですが、病院は混んでいるし助産師と話せる時間はなかなかないので、どうしてもバースプランを考えることがお母さんたち任せになってしまうんですよね…。

――1人目の出産のときは、助産師さんやお医者さんに産ませてもらう感覚でいました。「痛いー!なんとかしてー!」って感じで(笑)2人目はどんな出産にしたいかをバースプランを通じてよく考えることで、初めて主体的になれた気がします。
陽子さん : 産むのはご自身であって、私たち助産師は産ませてあげることはできないんです。だからお母さんが自信を持って主体的に出産に臨めるように、そして産んだあとは自信を持って子育てできるように楽しいことにも不安なことにも寄り添いながら伴走するのが今の私の役割かなと思っています。
バースプランをしっかり考えることで「あなたがお腹にいるときに、お母さんはこんな風に考えたんだよ。そしてこうやってあなたが生まれてきたんだよ。」と子どもに伝えることもできますよね。自分が生まれた時のストーリーを聞くことは、子どもにとって幸せの種になると思うんです。大人になってもずっと心に残ってくれるんじゃないかな。
働くお母さんをもっと笑顔に。お母さんにも企業にも助産師ができること
――PROTONの今後の展望を教えてください。
陽子さん : 産後のお母さんと話すと、妊娠中や復職後の「働きにくさ」をよく耳にします。面談の機会はあっても、体調や子どものことは私事で伝えにくく、上司も踏み込みづらい――その結果の“すれ違い”が“無理”につながり、仕事を続けにくくなることがあるなと。企業も、意欲あるお母さんに長く活躍してほしいと願いながら、そのすれ違いの解消に苦慮しているように感じます。そこで助産師として何かできることはないかなと考えた時に、お母さんと会社のコミュニケーションを、第三者の立場からサポートする「助産師の窓口」というアイデアが浮かびました。
――「助産師の窓口」とはどのような取り組みでしょうか?
陽子さん : 体のことや子育ての事情は、どうしても職場に伝えにくいし、上司もどこまで聞いていいか迷います。だからこそ助産師が間に入り、1対1の面談で不安や希望、働き方の優先順位を一緒に整理できたらなと。守秘を前提に、ご本人が合意した範囲だけを要点にして、必要なことだけを職場へ丁寧にお伝えします。
言いづらいことを“言い換える・見える化する”橋渡しの役目のようなイメージですね。企業側には、管理職や同僚が配慮しやすいポイントを共有し、妊娠・出産・復職期のコミュニケーション研修や、現場に合わせた制度づくり(母性健康管理の運用フローなど)まで一緒に整えられたならと。妊娠や子育ての不安は周囲に伝えにくく、上司も対応に迷いがちです。そんな時に、助産師としての知識と第三者の立場で、そっと相談相手になれたらと思っていますね。

――とても素敵です。私は妊活をきっかけに転職をしたので、もしそういった相談窓口があれば会社と話しながら前の仕事を続ける道もあったのかなとお話を聞いていて思いました。
陽子さん : 昔と比べて産後のお母さんが働き続けられるように制度は整ってきていますが、まだまだ妊娠出産をきっかけにキャリアを諦める人は多いですよね。その人が自分らしく生きるためにそういった選択をすることももちろんあるけれど、本当は子育てしながらも今の会社で働き続けたいと思っている人が諦めなくてもいいように、私たち助産師がお手伝いできることがあると思うんです。出産は、「どのように自分の人生を自分らしく豊かに生きていこう?」と考える一つのタイミングになるのかなと。だから助産師が企業との架け橋になって、いい塩梅を見つけられるように一緒に考えたい。
企業向けの窓口も個人向けの相談も、根本にあるのは「妊娠から子育てまで、あなたは決して1人じゃないよ」と寄り添いたいという思いです。そして「お母さんの笑顔を増やしたい」というのが、変わらない私の願いであり夢です。


