南浦和駅西口から徒歩約5分の場所にある、本屋『ゆとぴやぶっくす』。昨年12月で開業2周年を迎えました。店内には古本、店主である栃原さん自ら選んだ新刊本、そして月に1度開催されるこだわりの企画イベントに関連した本が並びます。
店内の本をふと手に取ると、気になっていたジャンルの一冊。思わず嬉しくなって栃原さんに伝えると、「それだったらこの本もおすすめですよ」と次から次へオススメの本を提案してくれます。
物静かな雰囲気とその熱量のギャップから感じる本への愛。
こちらの興味・関心にピタリと刺さるものでありながら、いつも読む本とは少し角度が違う選書。
滲み出る本への情熱と絶妙な感性に惹きつけられると同時に「栃原さんについてもっと知りたい」と好奇心をかきたてられます。本を愛してやまない栃原さんの本・本屋に対する想いと、ゆとぴやぶっくすのこだわりを探るべく、お話を伺いました。
目次
会社員を辞めて、本屋の道へ
――2022年12月にお店をオープンされたとのことですが、「お店を始めたい」と思ったのはいつ頃だったのでしょうか?
栃原さん : その年の夏、7月頃ですね。
―― お店を開くことを決めたきっかけは何だったのでしょうか?
栃原さん : 当時勤めていた会社を辞めたいと思ったことが、一番最初のきっかけです。次はどんな働き方をしようか考えたときに、どこかの会社に勤めるのではなくて、「全部自分で一から仕事を作ってみよう」という考えに切り替えました。そのときに、「個人書店が自分に一番向いている」と思ったんです。本が好きですし、自分で空間をデザインするのも好き。控えめな性格も合っているかなと。
―― お店を始めたいと思ってから、オープンまでの間隔がとても短いですよね。準備が早かったのには、何か理由はあるんでしょうか?
栃原さん : 「早くオープンしたい」っていう気持ちに突き動かされたからだと思います。物件が決まって、本棚が本で埋まってくると「早くこれを見てほしい」という気持ちが強くなってきたんですよ。その頃まだ買い取りの古本がない状態で、自分が持っていた本や自分で仕入れた古本など、好きな本をたくさん並べていたんです。その棚を見てほしいというワクワク感で、準備が早く進んでいったのかなと思います。
―― 小さい頃から本が好きだったんでしょうか?
栃原さん : はい。今思い返すと、会社員を辞めるという思い切った決断ができたのは、小さい頃から本を読んでいた習慣のおかげなのかなと思います。読書を通して、いろんな生き方の選択肢があることを知っていたので、自分に1番向いている仕事を見つけられたのかもしれません。

お店のコンセプト「知らないを知る」に込められた想い
―― はじめてゆとぴやぶっくすにお邪魔したときのことが、とても印象的でした。 私が「宇宙に興味が湧いていて、宇宙人に会うことにも興味があるのですが、おすすめはありますか?」と栃原さんにお聞きしたら、真っ直ぐにある本棚のところに行って、『宇宙はなぜ美しいのか』(村山斉著/幻冬舎新書)という本を持ってきてくださったんです。「私の興味を持っていたことにピッタリはまる本があった!」という喜びと、普段自分では手に取らない本を紹介していただけた喜びを、今でも覚えています。「知の深まりを感じた」というのが、ゆとぴやぶっくすの第一印象でした。

私はあのとき、お店のコンセプトである「知らないを知る」お手伝いをしていただいた体験をしたと思うのですが、このコンセプトにはどんな想いが込められていますか?
栃原さん : 「知らないを知る」というコンセプトには2つの想いを込めています。1つは、知らない「本/ジャンル」を知るという想い。もう1つは、知らない「自分」を知るという想いです。本を通して「私はこんなことが知りたかったんだな」とか「こんな本が読みたかったんだな」のように、知らなかった自分を知ることがあると思います。
大型の新刊書店はたしかにたくさんの本が置いてあるのですが、平積みされている本が目に入ることが多く、「知らない」に出会える機会が実は少ないのではないかと思うんです。でもここでは、「知らないジャンルの本」と「知らなかった自分」に出会ってほしいです。この2つの「知らないを知る」をお手伝いができる本屋さんで在りたいんですよね。
―― なるほど。1冊の本が、新しいジャンルへ、そして新しい自分へと誘ってくれることがあるということですよね。このコンセプトに決めた何か具体的なきっかけは何かあったのでしょうか?
栃原さん : さいたまに「知らないもの」と出会える役割を担う場所を作りたい、と思ったのがきっかけですね。
関西に住んでいたことがあるのですが、神戸や大阪には少し変わった店がたくさんあったんです。70年代~90年代のレトロな雑貨を集めたお店や、ある特定のジャンルに特化した本屋さんなど、知らないものに出会えるお店に刺激を受けながら青春時代を過ごしていました。

7年ほど前にさいたま市に引っ越してきて、便利な街だけれど「もう一歩踏み込んだ何か」に出会える機会が少ないと思っていたんです。関西でよく見かけた突き抜けたお店が少ない印象がありまして。青春時代に味わった「知らないものに出会えたときの刺激」を楽しめる環境がさいたまにあったらいいなと思っていました。そんな思いがずっとあったからこそ、「知らないを知る」というコンセプトに行き着きました。
―― 関西での経験が大きな影響を与えたんですね。たしかにさいたま市には、全国展開している定番のお店が多い印象があります。ゆとぴやぶっくすで「知らないもの」に出会えたら、ワクワクしますね。

古本から、本の歴史と地域の人々を感じ取る楽しみ
―― 店内にはたくさんの古本が並んでいますが、本は本でも「古本」の魅力はズバリ、何でしょうか?
栃原さん : 誰かが手に取って読んだという背景があることですかね。いらなくなって手放してしまったものかもしれないけれど、誰かが1度は手に取った本は、面白さが期待できる気がします。
―― ゆとぴやぶっくすに並ぶ古本は、どんな特徴がありますか?
栃原さん : 近所の方が売ってくださった本が多いですね。地域の人の本棚と思っていただけると面白いかと。「このエリアにこの本を読む人がいるんだ」とか「この本が好きな人が住んでるんだ」って想像すると、新しい視点で地域を見られて、楽しいと思うんですよね。
―― 本棚を眺めて、地域の人たちの興味・関心を垣間見るという楽しみ方ができるんですね!個人的に他の古本屋さんの本と比べて、ゆとぴやぶっくすに集まっている古本は、どれも歴史を感じると同時に、前の持ち主の方の本に対する愛情を感じます。愛読していた形跡が見えますし、前の持ち主の方が長年大事に扱っていたのが伝わってきます。
栃原さん : そういった本は多いです。持ち主の方が本当に大切にされていたんだと思いますね。
芥川龍之介の、ものすごく古い本を持ってきてくださった方がいたんです。それだけ古い本だと、捨ててしまうこともあると思うのですが、セロテープなどで何度も補修された跡があったりして。その本の歴史とか、持ち主の方の本を大切にする気持ちが伝わってきて、感動したのを今でも覚えてます。
あとは、買い取りのときに「捨てるのは心苦しくてできなかった」という声を聞くことが多くて。「もし他の人が読んでくれるなら・・・」ということで持ち込んでくださるんですよ。


―― お話を聞いていて、本に対する思い入れが強い地域の方が多い印象を受けました。ここからはあくまでも私の想像になりますが、ゆとぴやぶっくすがある文蔵という地域には、読書をする人が多くて、本を大切にするという文化が代々伝わっているのでは・・・。そんな背景があって、地域の人々が大切にしてきた綺麗な本が、ゆとぴやぶっくすに持ち込まれるのかなと。地域のこと、本の前の持ち主のこと・・・想像力がかき立てられて、ワクワクします。
参加者主体の読書会 ゆとぴやぶっくす流・本を介したコミュニケーション
―― 定期的に読書会をやられているとのことですが、どのような経緯で始められましたか?
栃原さん : 「本好き同士で会話がしたい」という需要に応えたい、という思いから始めました。
お店のカウンターでのちょっとした会話だけでは、少し物足りないと感じる方も中にはいらっしゃるので。
読書会を通じて、お店や読書会について忌憚なき意見をいただくこともあります。(笑)
―― みなさんで作りあげている読書会なんですね。
栃原さん : そうですね。参加者の方が、「もっとこうしたほうがいいのではないか」と意見を元に作ってくださった進行表を実際に活用させてもらっていて。良いものはどんどん取り入れたいなと思っているんです。民主的な読書会です。
―― 読書会の雰囲気はどのような感じですか?
栃原さん : 和やかな雰囲気です。参加者の皆さんが、意見や感想をのびのび発言できる場になっていると感じますね。哲学対話などを参考にして決めたルールのもと、誰かが話しているときは否定せず耳を傾け、自分が正直に思ったことを言う、そんな読書会です。
みなさん、好きなお菓子をつまみながらリラックスして参加していらっしゃるんですよ。

「公園としての本屋」店主とお客さんが自由でいれる空間を実現するために
―― 本屋にもそれぞれ個性があると思いますが、ゆとぴやぶっくすではどのようなことを意識されていますか?
栃原さん : 「お客さんと私が自由でいられるお店であるかどうか」を意識しています。もっと言うと「公園としての本屋」というのを考えています。
最近はルールが設定されている場合も増えてきたものの、基本的に公園は誰にでも開かれている場所ですよね。自由に出入りできて、思い思いの時間を過ごせる。ゆとぴやぶっくすも誰もが自由に出入りできて、自由に好きな本を選べるという意味で、公園のような本屋になりたいなと思っています。
―― 本屋では、自分の意思で好きに本を選んでいると思っていたのですが、そんなこともないんですか?
栃原さん : たくさん本があっても、売れ筋の本や話題の本ばかりが目立つように配置されていると、お客さんの選択肢を無意識のうちに狭めてしまうことがあると思うんです。「これを買わせよう」「これを手に取らせよう」といった見えない権力みたいなものを感じることがあります。
私が思う良い本屋の特徴は、「緩やかに自分の好きなものを選べるように設計されていること」なんです。もちろん、「本屋側が売りたいものを置く」という方針はおさえたうえで、その中でもお客さんが影響を受けすぎずに、好きなものを自由に選べる空間になっていることが大事ですね。
―― 栃原さんとお客さんが自由でいられる空間を実現するために、具体的に取り組んでいることはありますか?
栃原さん : 「自分の個性」と「雑多感」の塩梅を調整しているところです。個人的にはあまり、自分の個性をお店に出し過ぎたくないんですよ。自分の好みを押し付けてしまうことになってしまうので、オープン後、しばらく経ってからは好きな本はあまりお店に並べすぎないようになりました。古本があることで、そこの部分がうまく中和されていますね。
自分があまり知らない分野の本であっても、誰かの興味にマッチする本は置いておきたいなと思います。店内にいろんな本が並ぶ雑多感も好きですね。最近自分の色を少し出そうと思って、レジ横に推し本コーナーを設置しました。こういったものも少しずつ増やしていこうかなと思っています。

―― すこし控えめな推し本コーナーから、栃原さんの優しい性格が伺えますし、本のラインナップからは栃原さんの個性を感じます。個人的にもう一つ、レジ横右側の壁に貼られている『ゆとぴやぶっくす的芋づる式読書MAP』(※)も、栃原さんの好きな本のジャンルを知ることができるので、とても好きです。
(※)芋づる式読書MAP・・・岩波書店が2019年にフェアの一環として公開した、フリーのフォーマットを利用して関連する本を自由に紐づけて作る読書案内のこと。
ゆとぴやぶっくすが拓く地域の未来
―― ゆとぴやぶっくすとして、今後地域でどのような役割を担っていきたいとお考えですか?
栃原さん : いくつかあるのですが、まずは「本と出会える場所」の役割を担っていきたいです。知っている分野の本や話題の本が揃う新刊書店やネットでの買い物も良いと思うんですが、ここは全く知らなかったものと出会う場所になってほしいですね。コンセプトのとおり、「知らない」を知っていただけたらと思います。
あとは、人が持っていたものを次の人へと繋ぐ中継地点のような役割も担っていきたいなと思っています。古い芥川龍之介の本が、若いお客さんの手に渡ったのを見たとき、このお店の存在意義を感じたんです。この場所で、歴史ある本が若い世代の人たちの元へ渡っていくんだなと。
―― 循環ですよね。世代を超えてめぐっていったんですね。
栃原さん : そうですね。最後に、地域での本屋さんの選択肢の幅を広げることに貢献出来ればとも思います。
地域に新刊書店・個人の本屋さん・個人の古本屋さん・・・いろいろな本屋さんがある中で選べることは、豊かなことだと私は思います。お客さんに「古本も新刊も売ってる個人の本屋さんが近所にできて嬉しい」と言っていただけたので、本屋さんの選択肢の幅を広げるお手伝いができているのかなと感じましたね。
――「本屋さんを選ぶ一つの選択肢を地域に残していきたい」というお気持ちがあるんですね。
栃原さん : 残せるものなら。頑張っていきたいです。

編集後記
古本は人です。古本には前の持ち主の魂が宿っています。そしてその魂の残り香を、大切に残してくれるのがゆとぴやぶっくすです。
古本は宇宙船です。まだ誰も知らない惑星へ連れて行ってくれる宇宙船。自分だけの宇宙船に出会えるのがゆとぴやぶっくすです。
素敵な本たちが、ゆとぴやぶっくすで、あなたを待っています。